家(ホーム)でもアウェイ

咳をしてもぼっち

渋谷ヒカリエでやっている山田かまち展へ行ってきた

山田かまちをご存知ですか?
私が彼の事を知ったのは高校生のとき。図書館で見つけた詩集『17歳のポケット』を読みました。



瑞々しい言葉の数々に打ちのめされて、天才だと思いました。
あれから、7年経ってヒカリエで山田かまち展をやっているというので見に行ってみました。

でも、アレ?あの時の衝動だとか気持ちの高ぶりは感じられなくて。
私が年をとってしまったからなのか、それともあの時感じたもの自体がまやかしだったのか。それはもう分からないけれど、確かに17歳の私は山田かまちに打ちのめされていたのだと思います。
少しだけそれが悲しくて、これが大人になるということなのかもしれません。

若くして亡くなった天才の言葉や絵画よりも亡くなってから自分の書いていたものが世の中に出されることを考えると心穏やかに生きていけない。そこまで考えておいて、もしこの瞬間私が死んでしまったらネットの海にこのブログはずっと漂うわけで。それは同じことなのではないかと自問してみると、私のブログやTwitterは公表する前提で書いてあったものでもしプライベートな日記や走り書きのノートを公開されると考えるとやっぱり違う。
死んでも「なにしてくれてんの!!!」って絶対言ってる。